軍事技術者の戦争心理―海軍特別攻撃機「桜花」の事例―

映画「風立ちぬ」の主人公である堀越二郎ゼロ戦の開発者として名を馳せています。彼に限らず飛行機に対する愛とロマンに突き動かされつつも、兵器開発に携わらざるを得なかった技術者は多くいました。既存兵器の特攻への転用ではなく、「純」特攻兵器を開発していた技術者達は、「敵が死に搭乗員も死ぬ」兵器を作るという技術者としてのモラルからの逸脱にどう対峙していたのでしょうか?海軍特別攻撃機「桜花」とそれを取り巻く人々を追った論文を読みました。



西山崇「軍事技術者の戦争心理―海軍特別攻撃機「桜花」の事例―」『科学史研究』259, 2011, pp.129-137
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  • なぜ作られたか?


筆者は技術者達が桜花開発を開始した要因の一つとして、単なる命令に留まらない共感があったと指摘します。開発の中心人物であった海軍航空本部の三木忠直技術少佐は、特攻専用機開発の発案者である士官・太田正一特務少尉との面会を戦後次のように回想しています。

技術者としてはこんな必死の兵器を作るのは寧ろ技術の冒涜であるとさえ感じて居たが、我々の総合国力と急速に下り坂にある戦勢を考え合わせるとき、最期には吾々も之で行かざるを得まい。(前線の飛行)部隊の要望するものを・・・間に合わせねばと其の火と燃える熱に動かされたのであった


航空本部における命令のみならず、搭乗員本人の「自殺幇助」の直接の願い出ともいえる下からの突き上げが技術者たちの心理に多大な影響を与えていた様子がかいまみえます。他に筆者は、「技術者たちの特攻の実態、前線の実情に対する知識や経験の不足」、「開発過程における各段階での技術的成功による達成感」、「(海軍に対する外部からのモラル的批判の回避を可能にした)航空技術廠における徹底した秘密主義」を桜花開発の要因として挙げています。


  • 技術者達の葛藤〜脱出装置搭載の試み〜


搭乗員の生死を機体の製造目的や構造が左右するという桜花の設計思想は技術者のモラルと相反するものでした。そこで考案されたのが各種脱出装置の装着です。「特攻を可能にしながらも、搭乗員が生存する可能性を残す」ことで、人間としての搭乗員が特攻機という機械の一部としてではなく、一人の人間として判断する余地を確保しようとしたのです。緊急時、あるいは気の迷い、そういったものに直面した搭乗員に選択の機会を与える事は、技術者達のささやかな「抵抗」でもあったと言えるのかもしれません。


具体的には、落下傘搭載スペースの確保と実装、緊急時用の風防離脱装置の実装が意図されました。試作段階ではこれらの事項は設計者、製造者、そして使用者のいずれからも必要なものとして認識され、必要な改良も適宜行われていきました。初期型の11型のうち1944年11月28日までに完成した50機については、このような脱出装置が装備されていた可能性が高いと筆者は指摘しています。


しかし海軍航空本部からの量産命令により事態は一変します。12月15日に決定された「MXY7改造要綱」においては「構造複雑なる箇所は簡易化し工作を容易ならしむる」と規定され、風防の離脱装置の取り外しを余儀なくされます。桜花11型は実戦に投入された唯一の桜花型特攻機ですが、差し迫った戦局が「工作を簡易にし大量生産する」という大義名分を与えた結果、本決定以降のものにおいては脱出装置が装備されなくなっていきました。ここに、世界でも他に類を見ない「特攻目的で開発された特攻兵器の実戦投入」が実現してしまうこととなります。






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