シンポジウム「学生とともに考える学徒出陣70周年ー記憶と継承」

表題のシンポジウムに行ってきました。小柴ホールが半分くらい埋まっていたので80人くらいは来ていたのでしょうか、若い学生も多かったのがちょっと意外でした。質問に立った学部一年生の方もいて、少ないとはいえこのテーマに興味を持っている学生もいたのが印象的です。

「学生とともに考える学徒出陣70周年ー記憶と継承」
主催:東京大学附属図書館・東京大学史史料室


<プログラム>
18:00〜18:15
    挨 拶:長谷川壽一(理事・副学長)
        古田元夫(附属図書館長)
18:15〜19:00
    講 演:個々の記憶と歴史のあいだ
        加藤陽子(大学院人文社会系研究科教授)
19:00〜19:30
    講 演:学徒出陣の記録 ―大学に残されたもの―
        森本祥子(大学史史料室特任准教授)
19:30〜20:00
    質 疑
 【司会 吉見俊哉(大学史史料室長)】

http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/koho/news/news/fuzokuto_13_10_30.html

  • 講演で印象に残ったこと(個人的メモ)


「個々の記憶と歴史のあいだ」と題された加藤先生の講演では、まず冒頭当時の学生の「特権性」について触れられました。もしこの点に触れられなかったら真っ先に質問しようと思っていたのですがさすがは加藤先生、一番最初に押さえてきました。すなわち、当時の大学生数は約5万人、同世代のわずか2%に過ぎませんでした。学徒動員された彼等は入隊後も昇進といった面で大きな特権を与えられていました。では、大学生という当時としての「特権階級」が出陣する・動員されることにはいったいどういう意味があったのでしょうか?


一つには軍が直面した兵力不足がありました。戦局が悪化する中で軍が直面した前線における小隊長レベルの下級指揮官の不足経理・主計担当士官の不足、あるいはマニュアルを読破して技能を身につける必要のある航空機搭乗員の不足は、「頭脳」を期待できる学徒兵で埋め合わせるのに適していたのです。理系学生が戦争に応用可能な技術開発に役立つから徴兵を猶予されたというのと裏腹に、法律系・経済系の学生もまた経理担当士官という形で軍のニーズにあてはまる要素を有していました。1943年12月に入営した学生数を学部ごとの在籍数で割った比率は、東大の場合法学部63.95%, 経済学部63.78%なのに対し、文学部32.47%に過ぎません。徴兵猶予を停止された学生の中でもなお、「役に立つ」順に徴兵されていったことがうかがえます。


またごく一部ではありますが、海軍の各種学校における普通学の教官として学徒動員兵が果たした役割も見逃せません。海軍兵学校では国史学、三重海軍航空隊等では数学を教えた学徒兵の姿もありました。戦時中の士官育成の中で普通学を軽視しなかった海軍の姿勢はこれまでも指摘されていたことですが、そこで学徒兵が果たした役割もまた重要なものでした。


さて、記録で確認出来る数としては必ずしも多いとは言えなかった学徒動員ですが、その社会的意義としてはどういうものがあったのでしょうか?これについては講演の中であまり触れられなかったので加藤先生に質問してみました。男性皇族が軍務についたりして総力戦へのコミットメントをアピールする中で、社会の中の「エリート」が出征したことの意味とは何だったのか・・・学徒動員直後の議会では、ある議員が「今まで農村青年は鬱屈した感情を持っていたが、ついに学徒も出征した。出征した彼等は(普通の動員兵と比べても)なんら遜色が無い」という趣旨の発言を残しています。兵役法で学徒の徴兵が猶予されていた反面、その他の青壮年男性では日中戦争以来2、3回出征したというケースが当たり前でした。「最後の砦」としての学徒出陣は、動員の不公平感をある程度是正する意味合いも持っていたと言える、と加藤先生は指摘します。


もう1人の演者、森本先生の発表では、史料室に残る数々の史料が紹介されました。その一部は会場にも持ち込まれて手に取る事が出来るようになっており、この企画にかける史料室の意気込みを感じました。また、93年から96年にかけて行なわれた東大の調査に関しては、1926年から1945年にかけて入学した在学生および卒業生のうち、入営・入団した学生が3304名(1944年8月時点)、戦没者数1652名(判明分のみ、全体の7割程度と推定)であったという結果が提示されました。もちろんこの数字は現在残された記録から把握できる数字であるにすぎず、森本先生自身が数字が一人歩きする可能性について極めて慎重な姿勢を示されていたことを付記しておきます。


  • 残された記録、追悼


加藤先生は、「表現する力を持った当時のエリート層が出征して残した記録、それに我々は耳を傾ける必要がある」と述べて回天の訓練中に事故死した和田稔氏の日記を引用していました。戦没者を追悼すると言った場合、生きている者の都合によって戦没者の思いを忖度する態度ではなく、多様な戦没者の声の中味それ自体を知ろうとする態度が大切なのではないか」という姿勢こそが、戦争あるいは学徒動員といった「歴史の悲劇」に接する上での我々の取るべき態度なのではないかとの加藤先生の問いかけは、彼らの死を我々の都合の良いように消費してしまうことへの戒めのようにも思えます。


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