NASA―宇宙開発の60年

設立から約60年が経とうとしているNASA(米航空宇宙局)の歴史を概観した本を読了。単なる宇宙開発・宇宙科学の歴史ではなく、政治や行政といった要素を中心に据えたNASAの「組織史」を俯瞰することができる良書だった。


NASA ―宇宙開発の60年 (中公新書)
佐藤 靖
中央公論新社
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  • ポイント


①組織の成り立ちに鑑みると、NASANASA本部と各センターが必ずしも階層的な権力関係にあるわけではないということ、②宇宙開発・宇宙科学を担う組織としてのNASAは常に政治的な要素を最大限考慮し、それは開発の最前線にも影響を与えてきたということの二つが個人的には気になった。


①については、軍の各研究所や大学の研究所に加えて新設の研究所をも「センター」という形で各地にぶら下げることになった組織構造に起因している。個々の計画の実施は各センターに委ねられるが、その業務分担にあたっては各センターの強み弱み、センターごとの組織風土、そして政治的な要素(各州に分散するセンターにおける雇用を考慮するとセンター間にある程度均等に業務を分散しなければならない。予算に対する議員の支持を得るためそうせざるを得ない)が強く影響している。計画達成のために最適と思われる業務分担・運用構造が必ずしも実現されないという実態が、特に国際宇宙ステーション計画の実施を事例として描写されていたのが興味深い。筆者はNASAが官僚化していく中でNASA本部の権限は増大してきたと指摘するが、個人的には各センターがそれなりの自律性を持っているという点が興味深かった。


②については、しばしば宇宙開発の理想郷とされてきたNASAにおいても、予算獲得のためには政治を重要視してきたということが歴史的に記述されている。歴代の長官は理工系の知見を備えつつも、その最大の役割はワシントンでのスポンサー獲得や国防総省との折衝であったという事実がそれを端的に示している。米ソの宇宙開発競争終焉後は特に、予算が削減され人員も減少する中でNASAは苦境に立たされることが多くなった。そういった中で、特に無人探査の分野においてFBC―Faster, Better, Cheaperというコンセプトの下に小規模プロジェクトが増えていったという筆者の記述は、宇宙開発という「夢」を追い求める冒険的な分野においてさえコスト意識というものが浸透してきていることを感じさせる。

  • NASAの今とこれから


筆者は米ソ宇宙開発競争の終焉や宇宙に対する「夢」の弱体化が見られる昨今においてもなおNASAが相応の予算規模を持って存続している最大の要因を産業界に見いだしている。多くの雇用を抱える産業界を潰すことになるNASAの弱体化は、一部の連邦議員にとって許容し難いことだからだ。その空気を敏感に捉えているNASAもまた、業務の外注を増やすことにより産業界を支えようとしてきたという持ちつ持たれつの構図がそこにはある。と同時に、筆者は未だ色あせない「NASAブランド」の力も指摘している。過去の実績もあり、人々は依然としてNASAを「卓越した能力を持つ開拓者」としてその実力以上に評価している。


予算の減少が避けられない中にあって筆者は、NASAには研究開発運用体制のモジュール化・分権化が必要であると指摘している。情報技術分野の研究開発体制に象徴されるように、科学技術の「アーキテクチャ」は多くの場合分散型・分権型へと移行の一途を辿ってきた。NASA本部による管理の強化とNASA自体の官僚化の進行はこれに逆行するものであり、分権化とモジュール化によるコストダウンと自由裁量の両立を図ることがNASAが生き延びる道であると提言している。



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