欲望と消費の系譜(序章、1章、2章)

来週開催される読書会に向けてつらつらと読んでいます。物質的なものだけでなく非物質的なものも消費の対象として捉え、多様な形態をとる「消費文化史」を描き出そうとする試みの書です。


草光俊雄/眞嶋史叙『欲望と消費の系譜』NTT出版, 2014


欲望と消費の系譜 (消費文化史)
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  • 序章「消費社会の成立と政治文化」


本章では18世紀イギリスを事例として「伝統的な旧体制(アンシャンレジーム)から近代的な商業社会への、シヴィックヒューマニズムに基づく伝統的「徳目(ヴァーチュー)」から近代的「礼儀(シヴィリティ)」・「礼儀作法(マナー)」への移行を探求する試み」(p3)が行なわれています。モノを生み出すという生産力中心の経済史観を脱却し、社会や文化といった側面を射程に入れて分析を行なうことで、この時代が「人びとの消費への欲望」により大きく変化してきたことを明らかにしようとしているのです。奢侈論争、徳と作法、公共圏の成立といった点に着目して主要な思想家を位置づけることを通じて、富を蓄えた利己的な人間の消費行動がいかに正当化され批判されたのか、文化や自然が消費の対象となる仕組みがどのように出現しそれは市民社会の成立とどのように関係していたのかが簡潔に論じられています。

  • 第1章「アジアの織物とヨーロッパ」


本章の目的は、一言でいうなら「インド産の綿織物が西洋に与えた長期的な影響力を否定する」(p51)ことにあります。産業革命期に発生した「消費革命」に際して、インド産の綿織物が長期的かつ重大なインパクトを与えたとする通説に対し、筆者はイギリス国内における綿織物の輸入代替化プロセスを詳らかにすることにより反論していきます。筆者の論を借りれば、東インド会社により輸入されたインド製の綿織物とそれに付随するデザインの理想像がイギリス製綿織物に変革をもたらしたとする見方は、イギリス国内における綿織物流通の実態や輸入代替の端緒としての中央アジアからの綿織物の輸入といった要素を踏まえていないということになります。また「デザインの理想像としてのインド綿織物」という見方も、東インド会社によるマーケティング手法(ヨーロッパの側から想像されるアジア的なものを踏まえたデザインをインドの工場にたびたび要求し、イギリス市場で売りさばく)の分析を通じて否定されていきます。イギリスにおける綿織物産業の隆盛は、大衆による消費の拡大とモノのデザインの革新という意味でのイノベーションによってもたらされていたのです。

  • 第2章「ヴェスヴィオに登る―ツーリズムの歴史を読み直す」


1冊の宿帳から話は始まります。そこに現れる各国の旅行者の出自に関する自己認識やヴェスヴィオを前にした思考の吐露をトレースすることを通じて、筆者は19世紀イタリアにおけるツーリズムの変容の実態を明らかにし、ひいてはツーリズムという概念そのものの揺らぎを詳らかにしていきます。1822年に大噴火する以前のヴェスヴィオは、多彩な旅人が古典を携えて眼差しを注ぎ、居合わせた旅行者や友人との心情を共有する対象でした。噴火以後のヴェスヴィオへの旅行者は流転する世情や政治問題、経済情況によって左右される存在であったと指摘する筆者は、19世紀の西洋における旅行の商品化・大衆化によって近代的娯楽ツーリズムが成立したとする通説に批判を加えます。この分析を通じて筆者は、現代のツーリズムをみる際にはそれを単なる余暇としての旅行と捉えるのではなく、個々の旅人を取り巻く経済社会情勢をも射程に入れた単なる消費行動にとどまらないツーリズム概念に拠ってたつべきだと主張します。交通機関の発達により様々な理由に基づく人の移動が活発化する現代において、単なる娯楽としてのツーリズムとそこで「踊らされる消費者」を想定するだけでは不十分であり、ヴェスヴィオにおけるツーリズムのあり方の変化はまさにその嚆矢と言うべきものだったのかもしれません。


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