クローズアップ現代「知られざる“同胞監視” 〜GHQ・日本人検閲官たちの告白 〜」

表題のドキュメンタリーを見ました。昨今のNSAによる盗聴のニュースが背景にあるとはいえ、こういう歴史の1ページに光が当たるのは歴史学に携わる者としてはまず嬉しいところです。自分自身は検閲史が専門ではないのですが、以前縁あって『「戦艦大和の最期」とGHQの検閲』という論文(レビューはこちら)を読んだこともあり、簡単にコメントしてみたいと思います。


クローズアップ現代「知られざる“同胞監視” 〜GHQ・日本人検閲官たちの告白 〜」(2013年11月5日放送)*1

  • 一般市民に対する検閲を対象とすること


今年7月に、早稲田大学を中心に行われている科研費プロジェクト(基盤B)「占領期日本の情報空間―検閲とインテリジェンス」主催のシンポジウム「日本と東アジアの検閲史再考」に参加してきました。その時の各種発表を見た限りでは、出版や報道といったメディアに対して行われる検閲活動の分析が主として検閲史研究の主流を成してきたのかなという印象を持ちました。それ以外に網羅的にサーベイしたわけではないのでこの印象は間違っているかもしれないのですが、今回この番組で一般市民に対する郵便検閲が取り上げられたことは、「検閲=メディアに対するもの」という先入観があった身としては少々驚きでした。


番組中では、憲政資料室で見つかった関東地域の日本人検閲官の名簿をもとに、存命している検閲官やGHQ勤務経験のあるアメリカ人へのインタビューを通じて、GHQによる民間検閲活動の一端が明らかにされていきます。検閲目的の多様さ(日本人の政情に対する思想の変化の追跡、闇取引の摘発、共産主義・左翼勢力に関する情報収集)をきっちりフォローしていたのは好印象でしたし、テレビ番組としてよくある「人の思い」を強調するという視点についても「(友人に)「ひどいことしてるね」って言われてぐさっと来て・・・とても突き刺さりましたね、気持ちが」というある元検閲官の発言があったように、真に迫るものでした。


反面、研究成果の蓄積不足や尺の短さによるものだと思いますが、当時の検閲制度が総体としてどう機能していたのかという点についてはあまり詳しく述べられていなかったように思います。間接統治を基軸に据えていたGHQが闇取引の摘発という権力行使の最前線にどの程度コミットしていたのか、検閲・盗聴で得られた情報はGHQの政策決定にどのように活かされていたのか、公布・施行された日本国憲法との関係(明らかな違憲行為)等については解説が薄かったのではないでしょうか。

  • 検閲と盗聴


更なる疑問として、検閲史において「検閲」「盗聴」がどのように区分されているのかということがあります。法的には「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるもの」最高裁判所昭和59年12月12日大法廷判決 民集38巻12号1308頁)とされている以上、検閲とは相手にとってそれが行われていることが明らかであり、かつ差し止め等の文書・出版物に対する処分を伴うものなのではないかと考えました。


GHQにより検閲された手紙には検閲されたことを示す検印が押されていたそうですが、戦時中に行われていたような内容の黒塗りや差し出し・送付の差し止めといったことがGHQ統治下でも行われていたという言及は番組中ではなく、(闇取引の摘発を別にすれば)情報収集(前述の科研費プロジェクトのタイトルにもあるような「インテリジェンス」)が中心だったのかもしれません。そう考えるとき、郵便検閲は「検閲」だったのか、それとも憲法21条2項後段でいう「通信の秘密」を侵すものとしての「盗聴」だったのか、見方は別れるように感じます。研究史においてこのあたりはどう扱われているのかも気になるところです。

  • 「検閲史」を通じて見えてくるものとは何なのか?


日本の戦後史を見るとき、GHQによる「検閲史」を見ることを通じてなにが浮かび上がってくるのでしょうか?戦争、あるいは占領という主権国家にとってある種の異常な状態というのは、平時において覆い隠されているものを暴きだすという機能を一つの側面としてもっているのだと思います。単に「異常な状態の一側面として興味深いから」という理由だけで検閲史の研究が行われているとしたら、それは単に少数の学者のマニアックな興味として片付けられてしまうのかもしれません。


史料の少なさもあり、日本における検閲活動の総体を描き出すことは至難なのかもしれませんが、「検閲史」を通じて見えてくる日本の権力構造や社会の特徴といったものについて、例えば他国との比較といった手法を通じて浮かび上がらせていくことが必要なのかもしれません。



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*1:視聴率は9.8%あったそうです。クローズアップ現代として高いのか低いのかはよくわかりません