Laubichler, Maienschein, Renn, 2013 ”Computational Perspectives in the History of Science”

「Isis, Focus読書会#9 科学史の未来」(https://www.facebook.com/events/488774157858750/)参加にあたり、Isis vol. 104, no. 1 (2013) の Focus "The Future of the History of Science" 収録論文を読みました。「ビッグデータ」という言葉が世を席巻している今日この頃、計算機科学的手法(Computational Perspective、以下CP)科学史研究に与える影響とはいったいどういうものなのでしょうか?



Manfred D. Laubichler, Jane Maienschein, and Jürgen Renn, "Computational Perspectives in the History of Science: To the Memory of Peter Damerow," Isis, 104(1), 2013, pp. 119-130.
http://www.jstor.org/stable/10.1086/669850
(上記アドレスから閲覧・DL可)



本稿においては、CP(データマイニングテキストマイニング、モデル分析、統計分析、因果関係分析、ウェブの活用、データや論文に対するメタデータの設定、電子データベースの整備といったもの)が科学史研究にどういう影響を与えるのかが、①実際の研究、②研究・ディスシプリンを取り巻く環境、③教育や他分野との協働という3点(blog執筆者の分類)に分けて記述されています。研究者個別の職人芸的な研究活動から、複数の研究者の協働あるいは機械学習的な手法の活用といった方向性へと研究活動が不可逆的にシフトしているとします。



①CPは個別の科学史研究そのもにどういう影響を与えるか?


筆者らは科学史研究におけるCPは、一義的にはビッグデータを基盤としたアプローチと計算機科学的な分析であるとします。マラリア研究の事例をひきつつ、まずはそのようなアプローチがこれまでの「職人芸的」な研究手法が導きだしてきたような知見と同じものを得られるのかを検証します。CPを用いてマラリアに関連する様々なターム(病そのもの、治療法、地理的特徴)が織りなす知のネットワークを視覚化し、それを既存の研究が明らかにしてきたものと比較し、CPが既存の歴史研究と遜色ない結果を導きだせるとします。ビッグデータを活用した分析は職人芸的な歴史研究と同レベルかそれ以上であり、他のトピックにおいても同様の手法を応用することによって、様々な分野における知の変遷をより長い時間軸・よりグローバルな視点で捉えることができる可能性を指摘します。かつてライフサイエンス分野でビッグデータを用いた分析が革新的な帰結をもたらしたことを傍証としてひき、このような手法の有効性が強調されています。


また筆者らは、知の移動や拡散といった研究テーマにもCPは有効であると主張します。筆者らが所属する研究機関で整備されつつあるデータベースを例に挙げ、それまで利用されてこなかったものを含む様々なデータを電子化・標準化(タグ付けや関係性の記述といったメタデータの付与による同一レイヤーでの処理)する事により、職人芸的・個人的な研究活動では見えてこなかった知の構造を明らかにでき、分野横断的な研究にも寄与するとしています。



②CPは科学史研究を取り巻く環境にどういう影響を与えるか?


CPの影響は、科学史研究をより透明でオープンなものにしていくでしょう。と同時に、研究者たちはその流れに抗う事なく、自分たちが持つ一次データや論文を積極的に利用可能な形で公開していくことが求められます。個別の科学史研究がCPの恩恵を受けるためには、整備されたデータベースの成熟が不可欠なのです。誰にでも利用可能なメタデータが付与されたデータベースの整備により、それまで「職人芸」のベールに包まれていた研究プロセスが衆目に晒され、批判と検証が活発化し、そのさらなる発展に寄与するでしょう。


また筆者らは、自然科学の側における科学史研究の成果の活用に関してもCPが貢献できるとします。いくつかの実験的な例において、科学者の側が歴史的な要素とそれに対する評価をより簡便に獲得することが実現し、それを活用するに至っているのです。



③CPは科学史における教育についてどういう影響を与えるか?


筆者らは、彼らが運用するデータベースにおいてユーザー自身がそれぞれの視点を付加できるという実践を行っていることから、整備されたデータベースやリポジトリは、資料や研究成果を研究者の独占物である状態から解き放つとします。それらは時に、既存の研究者が気づかなかったつながりが、他の教員や学生という「教育される側」によって明らかにされる可能性(集合知的な)があるということです。


個別研究における変化は言うに及ばず、こういった環境の変化もまた科学史を学ぶ大学院生にとっては不可避のものです。彼らは既に自前でこういう環境に適応してきていますが、筆者らは若手・ベテランを問わずCPを身につけるような訓練を行う必要があると指摘します。全ての研究者がCP的な研究手法を身につける必要は必ずしもありませんが、CPが持つポテンシャルを引き出すために利活用可能な形でのデータの共有(電子出版についてもCPの利点が生かされるような形でなされるべきと考え、筆者らは実践を行っている)は普く促進されるべきということです。


なお、冒頭に挙げた読書会はどなたも参加可能です。ご興味のある方は是非。