The Work of Invisibility: Radiation Hazards and Occupational Health in South African Uranium Production

戦後長年ウランの産出を行ってきた南アフリカ共和国。同国における放射線被曝規制は必ずしも「科学的」に行われてきたのではなく、政治的・人種的な思惑に左右され続けてきました。南アフリカにおける放射線規制の変遷を「テクノポリティクス」の視点から概観した論文を読みました。


Hecht, "The Work of Invisibility: Radiation Hazards and Occupational Health in South African Uranium Production", International Labor and Working-Class History, No.81, Spring 2012, pp.94-113


筆者は"Nuclearity"(原子力性)という造語を提示し、原子力放射線放射性物質、被曝といった現象が科学的に実在するかどうかとは別に、政治的・社会的に構成される「原子力について検討する必要性を指摘します。冷戦下で西側諸国へのウラン輸出国であった南アフリカでは、鉱山および精製施設において被曝を伴う作業が行われていました。しかしそれを対象とする調査や規制は、必ずしも放射線科学に忠実に実施されたものではありませんでした。


1950年代以降、国立の研究所に所属する科学者らによる鉱山労働者、精製施設労働者の被曝調査が断続的に行われます。しかしながらその多くは疫学的に十分なものとは言えず、限定的なデータを下に「被曝の影響は確定できない」とするものが大勢を占めていました。被曝の健康影響を指摘する調査結果もあったものの、研究者が興味を失ったりしたこともあり継続的な調査は行われませんでした。また産業側(及び鉱山担当省庁)も、科学的な知見が確立できない事や規制にかかるコストの大きさを考慮し、被曝対策をとることに極めて消極的な姿勢を見せ続けていました。筆者に言わせればそれはまさに、労働者の放射線被曝が"invisible”(不可視)になっていく過程そのものでした。


加えて筆者は、労働現場における人種性の問題も指摘します。アパルトヘイト政策が実施されていた南アフリカにおいては、白人労働者のみが労働組合の組織を認められたり、労働現場において監督的な立場につくことが多かったりしたのに対し、黒人労働者は労組の組織も認められず採掘や精製の最前線にかり出される事が常でした。事実、1957年に行われた調査では、尿検査の結果最も被曝量が多いのは黒人労働者であることが判明します。また白人・黒人を問わず尿検査の結果を被験者本人が見る事が出来ないという人権軽視とも言える状態もありました。将来的な記録照合も見据えて指紋を下にしたデータ照合システムも企図されましたが、その運営実態は杜撰かつ高コストなもので、実質的に個人の被曝量をトレースすることは極めて困難でした。


1969年にSouth African Atomic Energy Board(AEB)が原子力施設における安全規制の策定主体として創設されます。しかしその力は微弱なものであり、労働現場の被曝データへのアクセスもなく、産業側の規制は不要であるとの主張に押され続けます。業を煮やしたAEBの科学者は過去の調査結果を参照しようとします。その多くは極秘扱いのもので、被曝の健康影響を示唆する結果もあったものの、拡大して調査を行う可能性を否定するものが大部分でした。またやっとのことで実地調査を実現しても、規制強化による失業を恐れる現場の労働者から妨害される事もしばしばでした。


数十年にわたるこのような状況に若干の変化をもたらしたのは国際的な動きでした。1988年に規制担当省庁の独立性と権限が強化されると同時に、放射線規制を国際的な基準に沿って行う流れが出現します。しかし規制(特にそのスタートアップ)にかかる多大なコストと、国際的基準が実施される際の各国における多様性を楯として、南アフリカにおける規制は依然として不十分なままでした。ICRPの会議にも産業側、規制側双方が交渉担当者を送るような状況であり、国際的な基準もまた政治的・経済的な要因に左右されることは避けられませんでした。しかし最終的には1993年、ICRPの国際会議において国際基準を逸脱する場合には極めて厳しい条件が付与されることが合意され、南アフリカ国内においても規制主体の権威・権限を強化する方向に寄与します。


また1994年のマンデラ大統領誕生以降、特に国内における黒人労働者の労働環境改善という観点からも放射線被曝規制が重視されるようになります。規制担当省庁はさらに権限を強化され、また黒人労働組合と緊密な連携をとって活動するようになります。しかしそれでもなお、HIVといったより耳目を集める問題の存在もあり、放射線被曝規制が喫緊の問題として扱われるには至っていません。また規制が強化された事と現実の被曝の実態が解明される事は別であるとも筆者は指摘します。特に引退した鉱山労働者については労働・被曝記録を詳らかにする事が困難であり、これもまたテクノポリティカルな要素に起因するinvisiblilityの現れだと言えます。長年にわたるinvisibilityの進行は、取り返しのつかない現実を南アフリカに突きつけています。





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