伊地知・2011「連合王国における政策形成への科学的助言の活用」(科学技術社会論研究第8号・2011)

東日本大震災に際して話題となった政府首席科学顧問ベディントン卿の活躍からほぼ1年、日本においても政府科学顧問の設置が検討議題に上る昨今、英国政府内における政策形成と科学的助言のあり方をまとめた論文の紹介です。


科学技術政策の現在 (科学技術社会論研究)

科学技術政策の現在 (科学技術社会論研究)




科学的助言の体制整備が進んでいない我が国の現状を踏まえ、英国における政策形成への科学的助言の活用や意見紹介のシステムについて概観する事で、我が国の今後に対する示唆を得る事が主要な目的とされています。末尾にあげられた英国政府文書の一覧は、このテーマ(科学的助言)を検討するにあたって必要と思われる文献がかなり網羅されているといえます。


まず筆者は「政府における助言機関や助言機能のあり方や活動は、政権の考えに大きく依存し、政府内における中核的な政策形成・執行機関・機能以上に変動する」とします。Council for Science and Technologyや日本における経済財政諮問会議を例にひきつつ、時の政権の意向が制度の運用に際して強く反映される事が指摘されており、社会的・歴史的背景と共に政治的背景も考慮する必要性が提示されます。


英国政府における科学的助言の活用に関しては、Science and Engineering in Government: An Overview of the Government's Approachが網羅的かつ詳細に整理しています。特徴として、政府への助言経験を持つ科学者の中から選任された政府首席科学顧問官(Government Chief Scientific Advisor-GCSA)の存在が挙げられます。同顧問は首相及び内閣に直接助言できる立場にあり、各省に置かれた科学顧問をまとめる役割も担っています。無論、日本で言う「審議会」形式での外部専門家の活用も行われています。


また英国における制度設計で重要視されているのが、政府全体としての科学的妥当性確保にむけた各種の取り組みです。政策形成者が科学的助言を活用する上で、助言を得ていくプロセスや、各省及びその中の政策形成者が配慮すべき要点がGCSAからの指針として示され(1997年)、2000年、2005年、2010年と5年ごとの改訂を経て今に至っています。BSE問題を背景に策定された同指針の特徴としては、科学的助言者の政府からの独立性の確保や、政策決定と科学的知見の提供の峻別(科学者はオプションや科学的分析は提示するが、政策決定としてどのオプションが選択されるかには関わらないこと)等が挙げられるでしょう。これに加えて公務員全体を対象にした行動規範も策定されており、「科学的助言の健全性確保」が強く意識されています。


他にも、専門家にとどまらない広範な主体からの意見を募る仕組み(パブリックコメント)が透明性を伴って実施されている事も紹介されており、様々な場面で科学的助言の質を保つ仕組みが制度化されている事がうかがえます。「U.K.では、社会的に多くは未知の事象に対して、科学者がその責任の範囲内において、科学的知見に基づいて表明される知見を活用して、社会的に妥当な意思決定を、究極的には政治的責任のもとで行うための工夫を積み重ねてきているように見える」との総括がなされ、政府全体としてScientific Integrity(←最近一部界隈で訳語論争がおきたりおきなかったりしてるあれです)を確保しようと試みている点が強調されていると言えるでしょう。


なお、本論文はあくまでも制度を概観したものに過ぎないのは事実であり、これを踏まえて制度運用の実態に関して個別のケーススタディ等が必要不可欠であるのはいうまでもありません。