ロシア科学技術情勢―模索続くソ連からの脱皮

「ロシア×科学技術」といったときのイメージは「重工業」「宇宙開発」「核兵器」といったものが多いかもしれない。冷戦期の米ソ対立の中でのロシアの科学はそういった面が強いのは確かだろう。ソ連崩壊後20年以上経つ今、ロシアの科学技術はどうなっているのか?またそれを支える研究開発体制はどう変わってきているのか?そういった点を要領よくまとめた本を読んだ。


ロシア科学技術情勢―模索続くソ連からの脱皮
林 幸秀 神谷 考司 津田 憂子 行松 泰弘
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  • 目次


第1章:国情
第2章:科学技術の歴史
第3章:科学技術の概要
第4章:ロシア科学アカデミーとその改革
第5章:大学とその改革
第6章:宇宙開発
第7章:原子力開発
第8章:近年の科学技術動向
第9章:極東地域での科学技術活動
第10章:日本との科学技術協力

  • ポイント


本書は上記の構成で現在のロシアの科学技術の概要を描き出すものである。以下、興味深かった点を箇条書きにしてみた。


ロシア科学アカデミーは1724年にピョートル大帝によって作られたが、自前の人材がいなかったのでレオンハルト・オイラーやベルヌーイ兄弟といった他国の科学者を招聘して指導的地位につかせた。


・対GDP比での研究開発費は現在でも冷戦崩壊以前の半分程度にまでしか回復していない。研究者の頭脳流出の影響で30代〜40代の層が薄く、研究ノウハウの継承に支障をきたしている。


・研究開発費の政府負担比率は70.3%(2011年)、主要国と比べても倍近い値であり、政府依存度が高い。


・科学技術研究の中核を担うのがロシア科学アカデミー。436の研究所と約5万人の研究者を抱える。政府の基礎科学研究予算の6割以上はアカデミー向け。ロシアの科学技術研究を見るとき、中心になるのは大学ではなくアカデミー。ただし今後の方向性として、大学における研究体制の強化も目指されている。


・日米英では大学が研究と教育双方を担う組織として成立した。ロシアではロシア科学アカデミー教育機関たる大学を附置したという歴史がある。


・ロシアの教授資格(「専攻教授」)は個人に授与される永久的な資格であり、大学に所属していなくても教授と名乗ることができる。


ソ連時代、現・連邦宇宙局は「一般機械製造省」という名称が付され、1980年代半ばまでは存在すら秘匿されていた。連邦宇宙局長官は直近三代が皆軍出身者。いまでもロシア宇宙開発の最優先事項は安全保障。


ツープ管制センターにおけるISSのスケジュール管理等は全て紙で行われている。分単位のスケジュールを紙に打ち出し、職員は一つ一つの項目をペンを使ってチェックしている。


ソユーズの打ち上げ成功率は97%( 2011年3月現在、1293回の打ち上げに対して成功1252回)。


ISSの運用については、ロシアに限り米国の通信衛星を通さずに交信可能。実験の実施についても、ロシア以外の参加国はジョンソン宇宙センターでの調整を経なければならないが、ロシアはツープ管制センターからの直接の指示で実験を行える。


・ロシア版GPSの「グロナス」は民生利用を無料提供、iPhone4sは位置情報について米版GPSとグロナスを併用。


・1986年のチェルノブイリ事故にもかかわらず、1987年から1990年にかけて国内で4基の原発の運転を開始。


・政府直属の研究所であるクルチャトフ研究所には稼働中の原子炉としては世界最古の高速炉「F-1」がある。減速材は手積みのレンガ、制御棒は手動。いまでもキャリブレーションのために時々運転される。


・ロシアから見た科学論文の主要共著相手国は、1位ドイツ、2位米国、3位フランス、4位英国、5位イタリア、6位日本となっている。



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